素敵なひととき

図書館論壇の実現したい野望

めでたく妻を娶って、これでかれもすっきりしただろうと思っていたら、これがとまらなかった。
小谷野は本気だったのである。
派に戻ったのが、「(二〇〇一年)十一月十三日-電車のなかで携帯電話でしゃべくっている女子高生を怒鳴りつけた日に」(『バカのための読書術』)となった。
これなどすでに物語である。
いったいどういうつもりなんだろうと思っていると、最新作の『片想いの発見』ではTPOをわきまえてのことか、一転して「二〇〇一年八月六日」だけという淡白ぶりである。
ほかには大月隆寛「一九九七年三月五日三十八歳の誕生日に」(『若気の至り』)川本三郎「一九九八年七月十五日五十二歳の誕生日に」(『荷風と東京』)しかし、小谷野といい大月といい、なんで「三十八歳の誕生日に」なんだ。
川本もそうだが、自分の誕生日がどうかしたのか。
椎名誠「一九九二年六月がけっぷちで冷やしイナニワウドンを食いつつトト。
」(『ひるめしのもんだい』)椎名誠「一九九二年三月奈良上只都-和歌山―大阪-滋賀迷走中」(『むははの迷走』)椎名誠までやっているとは夢にも思わなかったが、これはまあシヤレか。
浅田次郎「平成八年五月二十日あさま13号禁煙車車中にて」(『勇気凛々ルリの色』)これはとくにどうということもない。
さて、かの渡部昇一であるが、かれはポリシー(?)なのかただのズボラなのか、著作のほとんどに「あとがき」を書いていない(このことじたいはべつにいい)。
『渡部昇一の「国益」論』という本は口述筆記なので、さすがになにもしないのは悪いと思ったのか、めずらしく一言書いている。
それがすごい。
「あとがき」を書いても渡部昇一のバカはすごい。
「(日付なし)未明に牡丹雪の落ちてくる桃の節句の前の日に」という横綱級のものである。
と思っていたら、渡部は「まえがき」のほうに結構書いていたのである。
これもまた思い入れたっぷりで、タイトル同様、けっこうくどいのである。
最後に特筆すべき「あとがき」を紹介する。
山下洋輔の『ピアニストを笑え!』である。
二九七五年十一月山下洋輔というあとがきを書いて、本が出るのを楽しみにしていたら、この出版社に天災が降りかかり、原稿が宙に浮いてしまった」云々。
ところが新出版社で急逡出版が決り、今度こそ「一九七六年四月山下洋輔と書いて終りだと思っていたら」またまた延期となり、最後の最後に「一九八〇年八月」と記して今度こそほんとに終了、というように、「あとがき」に三回日付がでてくるという稀有なものである。
さて、こうやって「あとがき日付」の一言を調べていると、不思議なことに気がつかざるをえない。
こんなことを書くのは男が多く、意外にも女にはほとんどいないことである。
先にも一例あげたが、多少見られる。
ほかにはつぎのように、いかにも、と思われる女たちが少々。
よっぽど軽井沢がうれしいのか-をあてにしない』)最後に、気合の入った例としてI佐伯順子「(日付なし)鏡花の愛した紫陽花が雨に輝く季節に」(『泉鏡花』)もちろん他を探せばもっとあるのだろう(それでも、男にくらべれば圧倒的にすくないはずである)。
しかし、塩野七生や須賀敦子にはそもそも「あとがき」がほとんど存在しない。
いったいいつからこういう「日付」や「一言」の習慣(?)がはじまったのだろうか。
たいした意味もあるまいが、乗りかかった舟だ。
古いところを少しだけ見てみる。
たったこの二例から、日付を記す習慣は江戸時代からあったと断じるのは早計かもしれないが、あったことはあったのである。
明治時代には「後書」「あとがき」は存在せず、ほとんどすべてが「序」である。
しかも「日付」だけである。
福沢諭吉(緒言)「明治八年三月二十五日」(『文明論之概略』)福沢諭吉(序)「明治十三年七月三十日」(『学問のすゝめ』)内村鑑三(序)「東京近郊柏木にて一九〇八年一月六日」(『代表的日本人』)内村鑑三(序)「太平洋上の一島にて一八九五年五月一日」(『余は如何にして基督信徒となりし乎』)内村のこの二著は明治時代の著作であるが西暦である。
あきらかに元号を拒否している。
しかも「にて」であり、それも日本を「一島」と書くなど、わざといや味をいっている。
中江兆民(引)「明治三十四年八月十八日門生幸徳秋水拝識」(『一年有半』)、「明治三十四年九月門人幸徳伝拝識」(『続一年有半』)これは兆民じしんの手になるものではない。
門下生の幸徳のものである。
宮崎浴天(自序)「明治三十五年八月泗天宮崎虎蔵識」(『三十三年の夢』)「にて」である。
杉山茂丸(序)「大正七年五月大将の祥月命日より六十日前、庭の青葉にさみだるる日」これには驚いた。
こんな念のいった二目が大正年代にあったとは。
それとも当時ではわりとありふれたことだったのだろうか。
さて、以上である。
一冊一冊「あとがき」をめくりっづけるといういじましい作業をつづけていると虚しさが感じられてきて、徒労感がつのる。
それに、「わっ、またバカ見つけた」という傑作は思ったほど多くはなく、探しても探してもただの日付だけだったりすると、「なんで一言書いていないんだ」と逆にイライラしてくるという倒錯感情を覚えるのだった。
ネットリ書いているものを見つけると、思わず嬉しくて「よくやった」と感謝したくなるほどなのだった。
それで、こんなこと延々と調べてなにか意味があるのかといわれると、まるで意味はない。
右に記したように、江戸時代から日付を記すことはあったとか、明治時代には「あとがき」はなく、すべて「序」であったとか、「序」は「まえがき」(「はじめに」)に取ってかわられ、「あとがき」が一般化するのは戦後のことだとか、日付は西暦派と元号派にわかれ、しかもそのあとに「二日」書いてしまうのは圧倒的に男(しかも右的体質の者)に多い、そして手の込んだことを書く者ほどナルシストではないか、というようなことが推測できたとしても、それがどうしたというのか。
まったくどうもしないのである。
だから、これはただそれだけのことである。
バカなやつだと、笑ってお許しを願いたい。
アメリカの小説を開くと、ときおりギョツとするような献辞の嵐に遭遇することがある。
長いときには二、三頁にわたって、自分の親兄弟、友人、知人、資料を貸してくれた人、助言をくれた人、話を聴いてくれた人、エージェント、などなどが、ぞろぞろと書かれてある。
これは彼の国の習慣なのだろうが、当方としては相当に欝陶しいからろくすっぽ読むことはない。
小説を例外とすると、たいていの本にはふつう「あとがき」がある。
もちろん「あとがき」を書かない著者もいる。
読者からすると多少ものたりない感じがするが、それはまあいい。
その「あとがき」の最後に、これまたたいてい、著者からその本の編集担当者への献辞が書かれることが多い(「まえがき」でするひともいる)。
ほら、よくあるでしよ、何々書店編集部の何々氏にはお世話になった、感謝する、というようなやっか。
あれである。
これを一切書かない著者がいる。
それはそれでなんとなく潔くて、これもなんら問題ではない。
たぶん著者には、そんなことは読者にはなんの関係もないことだ、という考えがあるのだろう。
問題にしたいのは、この献辞が書かれてある場合である。
たとえば「本がなるにあたっては山腰さんに尽力いただいた。
感謝する」(ヘーゲル著、長谷川宏訳『歴史哲学講義(下)』岩波文庫)の長谷川のコメントだが、潔いものである。


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